長野地方裁判所飯田支部 昭和44年(ワ)54号 判決 1969年9月12日
原告 深沢勝(仮名)
被告 柚木正彦(仮名) 外一名
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「別紙目録記載の各不動産は原告、被告各両名がそれぞれ持分三分の一の割合による共有に属することを確認する。
別紙目録記載の各不動産を競売は附し。その競売売得金を原告、被告各両名にそれぞれ三分の一の割合に分割する。訴訟費用は被告両名の負担とする。」との判決を求め。その請求の原因として、
一、訴外柚木正幸は昭和四三年二月四日死亡し、同日相続が開始した。
二、原告は被相続人である右訴外柚木正幸(以下亡正幸という)の長女であり、被告柚木幸吉は亡正幸の三男、被告柚木安子は亡正幸の配偶者である。従つて原告、被告両名は亡正幸の相続財産につきそれぞれ法定相続分として、三分の一の割合による持分を有する。
三、別紙目録記載の各不動産は亡正幸の死亡当時同人の所有に属した相続財産である。
四、そこで原告、被告両名はそれぞれ持分各三分の一の割合により別紙目録記載の各不動産を共有している。
五、原告は昭和四三年五月二六日被告両名に到達の内容証明郵便により協議による共有物分割を請求するとともに、同年六月被告両名を相手方として長野家庭裁判所飯田支部に同庁昭和四三年家(イ)第三三号をもつて遺産分割の申立をなし、昭和四四年六月二日までの間同庁において数回の調停を経たが、被告両名は分割の協議に応じないので、原告は昭和四四年六月二日右申立を取下げたもので、その後も原告と被告両名との間には遺産分割の方法がなされていない。
六、別紙目録記載の不動産は次のような事情によつて現物分割不可能又は現物分割によつて著しくその価格を損ずるおそれがある。
(一) 別紙目録一、1および2記載の土地は同目録三、記載の建物の敷地であり、被告両名において占有使用中であるから現物分割ができない。
(二) 同目録一、3ないし6記載の土地(田、畑)は耕作中であり、現物分割すると著しくその価格を損ずるおそれがある。
(三) 同目録一、7ないし10記載の土地(山林、原野)は地上立木(檜、杉)の存在によつて価値があるところ、分割による境界線設定によつて線上の立木を多数伐採するか、伐採を避けて迂余曲折した境界を設けるほかなく、このような分割はその価格を著しく損ずるおそれがある。
七、よつて原告は別紙目録記載の各不動産につき被告両名とのそれぞれ持分三分の一の割合による共有に属することの確認を求めるとともに、右共有不動産につき民法第二五八条の規定により分割を請求する。
と述べ、証拠として甲第一号証の一、二を提出した。
被告ら訴訟代理人は、本案前の申立として、「本件請求を却下する」との判決を求め、その理由として、
原告の本件請求は権限なき裁判所に対する申立であつて不適法であるから、却下せらるべきである。すなわち
(一) 原告の請求によれば、本件訴訟の目的である共有物は原告、被告両名が相続して共有する遺産である。
(二) ところで遺産の分割はその特殊性に基き一般の共有物の分割に関する民法第二五八条によつてこれをなすものではなく、同法第九〇六条、第九〇七条、家事審判法第九条第一、二項に基きなすべきもので、遺産に属する物又は権利の種類および性質、各相続人の職業その他一切の事情を考慮してこれをなすべく、協議が調わないときは各共同相続人において家庭裁判所に分割を請求すべきことが明定されている。
(三) よつて原告の本件請求は不適法として当然却下せらるべきである。
と述べ、本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案の請求原因に対する答弁として、
一、請求原因一項ないし五項の各事実はいずれもこれを認める。
二、同六項の事実中(一)は別紙目録一、1および2記載の土地が同目録三、記載の建物の敷地であつて被告両名において占有使用中、であることは認めるが、その余は否認する。(二)、(三)はいずれも否認する。
と述べ、甲第一号証の一、二はいずれもその成立を認めると答えた。
理由
一、原告の本訴請求はこれを要するに、原告が被告両名を相手方として長野家庭裁判所飯田支部に遺産分割の申立をなし、同庁において共同相続人間で数回の調停を経たが、被告両名は分割の協議に応じないので、遺産分割の方法がなされていないが、相続財産たる別紙目録記載の不動産は現物分割不可能又は現物分割によつて著しくその価格を損ずるおそれがあるとして、右不動産につき原告、被告両名の共有に属することの確認を求めるとともに、民法第二五八条によりこれが分割を請求するというのである。
二、右のように本件は相続人間における遺産分割の請求に関するものであるところ、これが相続権、相続財産等の存否を終局的に確定するには訴訟事項として対審公開の判決手続によらなければならないであろうが、しかし本件においては原告、被告両名が亡正幸の相続財産につきそれぞれ法定相続分として三分の一の割合による持分を有すること。別紙目録記載の各不動産が亡正幸の死亡当時同人の所有に属しだ相続財産であつて原告、被告両名においてそれぞれ持分各三分の一の割合により別紙目録記載の各不動産を共有していることは当事者間に争いがないので、相続権の存在はもとより相続財産である遺産の範囲についても当事者間に争いがないものということができる。
三、このように遺産分割手続による分割が未だなされておらず、しかも実体法上の権利関係である相続権、相続財産等の存在について争いがないような本件事案については、民法第九〇七条ないし第九一四条、家事審判法第九条第一項乙類第一〇号により家庭裁判所における遺産分割の審判手続としてなすべきものであつて、民法第二四九条ないし第二六二条の適用を受けるものではないから、民法第二五八条に基く共有物分割の訴を提起することは許されないものと解するのが相当である。何となればもし遺産分割前の一定財産について右の共有物分割の訴が許されるとすると、遺産分割に先立つて右特定財産についての共有関係が解消され、右物定財産については遺産分割の余地がなくなることとなるからである。(民法第二四九条ないし第二六二条の適用によつて律せられるべきものは、遺産を組成する各個の不動産につき共同相続人の合意によつて分割が完了して新たに認定された通常の共有関係に該るものであつて、本件事案は遺産の分割が未だなされていない場合であるから、右法条の適用を受けないものというべきである。)
四、ところで遺産分割は右のように家庭裁判所の審判事項とされ、その性質は本質的に非訟事件であると解されている(最高裁昭和四一年三月二日大法廷決定、民集二〇巻三号三六〇頁参照)が、非訟事件であるべき家事審判事件が訴訟事件として通常裁判所に提起された場合、特別の規定のない限りこれを他の管轄裁判所に移送することは許されないと解するのが相当であつて、遺産分割について右のような特別の規定がない以上、本件については本件の訴をもつて新たな遺産分割の審判の申立とみてこれを管轄裁判所に移送することはできないものといわなければならない。
五、なお最高裁判所昭和三〇年五月三一日第一小法廷判決(民集九巻六号七九三頁)によれば、遺産の共有および分割に関しては共有に関する民法第二五六条以下の規定が第一次的に適用される旨判示しているが、右は民法附則第三二条の適用を受ける遺産分割の請求事件に関するもので、しかも旧法当時における遺産相続人の一人から遺産である不動産についての共有持分の贈与を受けた者が他の相続人に対して分割を訴求したという事案に該るものであつて、相続人間のみにおける遺産分割に関しての本件事案とは内容をやや異にし本件に適切な事案とはいいがたい。
六、すると原告の本件訴中遺産分割前の遺産たる相続財産に属する別紙目録記載の各不動産について、被告両名に対して共有物分割を求める部分は不適法であるから、本件訴は全体としてみても不適法というべきである。
よつて原告の本件訴は不適法なものとしてこれを却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柳原嘉藤)